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No27 東京大学 文学部 公開講座 参加報告

先日の6月24日(土)に、本郷キャンパス法文2号館1番大きな教室で行われた文学部の公開講座に参加してきました。

講師は人文社会系研究科国語研究室の小西いずみ准教授、演題は「日本の方言ー過去・現在・未来ー」でした。

映画ハリーポッターの魔法学校の授業に使われるような階段教室で、日本語と日本語族の違いや昔話「ももたろう」冒頭部分の違いなどから講義は始まりました。

「昔々あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました おじいさんは山へ・・・」の部分の語りを青森県、愛知県、京都府、沖縄県などの在住の年配の男性の録音で聴き比べました。

また「じ」「ぢ」「ず」「づ」の対立を古代中央語や高知方言や出雲方言と共通語などで比べてみました。

さらに主語や目的語の無助詞表示の「方言差」などについても詳しく例も含めて説明がありました。

例として

花子が来た 花子来た や 窓が割れちゃったんだ 窓割れちゃったんだ

等を挙げての説明でした。

 

まとめとして

方言は共通語が「なまった」わけではなく、形が違うだけでもなく、仕組みが違うのだそうです。

それぞれの方言の歴史があり保守性と革新性の両面を有しているとのことでした。

この講義を聴きながら思い浮かんだことがあります。

それは、ノーム・チョムスキーの唱えた普遍文法のモデル(仮説)です。

「ヒト言語の知識は、経験によって後天的に学習されるよりも、むしろ経験に先立ってヒトの脳に生得的に与えられている部分が少なくない」というものです。

言語から意味を除いたらどうなるかという考察です。

言語について言語を用いて考察し、自分の脳で脳の機能を説明しようとしています。

できるのでしょうか。

ゆっくり考えたいですね。